2016.08.25

シチュエーションコメディの可能性を誰よりも信じている。千葉の「外様劇団」の停滞と逆襲の11年。【アガリスクエンターテイメント 冨坂友】

シチュエーションコメディの可能性を誰よりも信じている。千葉の「外様劇団」の停滞と逆襲の11年。【アガリスクエンターテイメント 冨坂友】
  • ひたすら笑える度
  • 鮮やかな伏線回収度
  • 屁理屈度
  • 感動のラブストーリー度
  • 青春群像劇度
  • ブラックな視点度

「当たり狂言」という言葉がある。評価も動員も兼ね備えた鉄板芝居。アガリスクエンターテイメントにとって、『ナイゲン』という作品は文句なしの「当たり狂言」と言えるだろう。2012年から2015年の4年間で3度にわたり上演し、15年版に至っては「Corich舞台芸術アワード2015」において堂々2位を獲得した。
勢いそのままに、初の大阪公演も控えるアガリスクだが、決して人気劇団への階段を順調に駆け上がってきたわけではない。むしろいわゆる小劇場のオーソドックスをことごく踏み外してきた感すらある。千葉で結成し、今も稽古場は地元の交流センターという「外様劇団」のルーツには、主宰・冨坂友の逆流の中で育てたカウンター精神があった。

この高校に入りたい。衝撃だった国府台高校との出会い。

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『ナイゲン』とは内容限定会議の略称だ。舞台は、とある高校。文化祭の発表内容を決めるための代表者会議が今まさに何事もなく終ろうとしていた。そこに飛び込んできた想定外の知らせ。「今年は、1クラスだけ、文化祭での発表が出来なくなります」。いったいどのクラスが落とされるのか。裏切りと策略と屁理屈が飛び交う高校生たちの泥仕合が始まった――これが『ナイゲン』のあらすじだ。

『ナイゲン』は、主宰・冨坂友の母校である千葉県立国府台高校に実在する会議をモデルにしている。校風は、自主自律。年に1度の文化祭である鴻陵祭は街の名物として親しまれ、今なお2日間で6000人以上の来場客を誇る。この国府台高校こそが、冨坂の原点。自由闊達な伝統校への異常なまでの愛が、『ナイゲン』を、そしてアガリスクエンターテイメントを生み出した。

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冨坂が、国府台高校を知ったのは、小学5年生のとき。兄の入学をきっかけに、鴻陵祭を訪れたのがファーストコンタクトだった。その衝撃は、まだ10代の扉を開けたばかりの少年の人生を変えた。自分も絶対この高校に行きたい。プロ野球選手でも、芸能人でも、社長でもない。国府台高校に入ることが、少年・冨坂の最大の夢となったのだ。

「高校生たちが自分の教室を劇場にして、2時間くらいのお芝居をするんですね。こんな世界があるんだって興奮して、以来ずっと国府台高校に憧れていました。その後も毎年鴻陵祭のクラス劇は観に行って。たぶん僕の人生トータルで60本くらいは観たんじゃないかな。小劇場でも商業演劇でもなく、鴻陵祭のクラス劇が僕の演劇体験のベースになっています(笑)」

ひたすら国府台高校を愛する男・冨坂友の青春と闘争の日々。

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めでたく国府台高校に入学した冨坂は、念願の国府台ライフを謳歌した。何より好きだったのは、生徒の自治を重んじる気風だ。当時は、高校の行事や祝典にもナショナリズムの気配が漂いはじめた時期。国府台高校でもそれまでは生徒主体で自由にプログラムを組んでいたが、国旗掲揚、国歌斉唱といった決まりを大人たちから一方的に強要されるようになった。しかし、自主自律の国府台精神を愛する冨坂はこれに猛反発。卒業式実行委員会の立場から学校側と徹底抗戦し、連日連夜、校長や教頭と机を挟んで議論した。

「おかげで実務が回らなさすぎて、次の年から教頭先生がふたりになってました(笑)」

在りし日のスクールウォーズをそう述懐する。決して右や左といった政治的思想による闘争ではない。国府台高校の理念を守りたい。その一心で、冨坂は断固声をあげ続けた。

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そんな国府台愛の塊のような男である。卒業後は、情熱の置き場を失い、アイデンティティクライシスに陥った。しかも、当時付き合っていた彼女は、国府台高校の後輩。大好きな国府台高校で、爽やかな青春の日々を送っている。眩しすぎるその姿に、冨坂は自分も何か燃え上がれるものを見つけなければと奮起した。そのひとつが、自ら劇団を立ち上げることだったのだ。

旗揚げは、地元の公民館。前売600円だった千葉潜伏期。

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ここで、冨坂友を語る上で、もうひとつ重要なキーワードを紹介しておきたい。それが、喜劇作家・三谷幸喜の存在だ。三谷と言えば、言わずと知れたシチュエーションコメディの名手。ヒット作を連発し、時代の寵児として脚光を浴びていた。

「中でも僕が好きだったのが『ラヂオの時間』。テレビでオンエアされているのを録画して、一時期は異常な回数観ていました(笑)。笑いという意味では、三谷作品の影響はかなり受けていると思います」

だからこそ、鴻陵祭のクラス劇では、憧れの三谷作品のようなシチュエーションコメディがやりたかった。しかし、多数決の結果、あえなく敗北。一度はその夢も忘れかけていたはずだった。が、高校卒業後、惰性の日々を送る中で観た三谷幸喜の傑作コメディ『バッド・ニュース グッド・タイミング』のDVDが、くすぶっていた情熱に火をつけた。自分もこんな話が書きたい。三谷作品の劇構造を研究し、その骨組みだけを拝借して、一本の脚本を書き上げた。それが05年12月に上演したアガリスクエンターテイメント旗揚げ公演『Go as Operation!!』だった。

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「市川市に勤労福祉センターという公民館がありまして、そこの会議室を借りて上演しました。2日間で動員は50人くらいかな。もちろん身内ばっかりです。その上、いろいろとスベってばっかり(笑)。まったく成功体験なんてなかったんですけど、なぜかこのまま続けていこうと思っちゃったんですよね」

そう、彼らの出発点はそもそも劇場ですらなかった。地元の公民館の、それもホールでもなく、ただの会議室。ローカルにも程があるその場所で、地道に公演を重ねた。その間、実に3年。3年もの間、彼らは千葉に潜伏し続けたのだ。

「とは言え、さすがにこのままずっと千葉でやってても仕方ないなと思いはじめて。もっと動員を伸ばすためにどうしたらいいんだろうと考えた結果、シアターグリーン学生芸術祭に出場することを決めました」

初めて掴んだ自信と手応え。3年目にして、ついに東京進出へ。

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シアターグリーン学生芸術祭とは、才能ある学生劇団の存在を世に知らしめるべく2007年からスタートした演劇祭だ。アガリスクエンターテイメントが出場したのは、その第2回。早稲田や桜美林、明治など母体となる大学を持った劇団が集まる中、高校のメンバーを中心に、しかも千葉で活動するアガリスクエンターテイメントは、完全に異色の存在だった。しかし、このささやかな遠征が、最初の飛躍となった。

「今まで千葉で700円とか800円のチケット代でやっていた僕らが、いきなり東京で、しかも1800円もとってやるなんて、まあ考えられなくて、自分たちのお客さんはほとんど呼べなかったんですよ(笑)。場内は完全にアウェー。ところが、それが予想以上にウケて。意外とやっていけるんじゃないかと、そんな自信を初めて抱きました」

東京と千葉。地理的には隣り合わせだが、文化的な断絶は根深い。それまでは小劇場という文化も知らなかったし、こんなにも無数の劇団があって、それぞれが熱心に活動をしているなんてことも想像だにしていなかった。結成3年目にしてようやく東京の小劇場シーンにふれたアガリスクエンターテイメントは以降、都内の小劇場を転々とし、認知度を高める作戦に出た。

「が、まあここからがまた長くて。いろいろ公演を打ってはみるものの、なかなか動員が伸びない。当時の動員数としては300~400人くらい。結成年数を思えば、結構ヤバい時期が続きました(笑)」

それでもひたすらシチュエーションコメディにこだわり続けた。孤独死した男の部屋を掃除しに来た特殊清掃員。パズルゲーム「テトリス」のブロックをつくるバイトたち。どれも作品の切り口そのものは独自性が光っている。ブレイクの芽は、なくもない。だが、芽が育つ気配もない。そんな微妙な停滞期を打ち破ったのが、『ナイゲン』だった。

笑いと熱狂の『ナイゲン』。劇場に、ブレイクの風が吹いた。

1313『ナイゲン』の初演は、実は06年、第3回公演まで遡る。以降、しばらくその存在は封印され、歴史の奥底に眠っていた。初演時はまだ「1クラスを落とし合う」という設定はなかったと言う。作家として力をつけた冨坂が、満を持して、もう一度、愛すべき国府台高校の精神を世に広めるべく書き上げたのが、新生『ナイゲン』だ。

12年版の『ナイゲン』は「Corich舞台芸術アワード2012」で8位に入賞。さらにその翌年、立て続けにもう一度、同じ劇場で同じキャストで再演した。再演は動員が鈍るが定説の小劇場で、わずか1年で、しかも一切キャストを変えずに再演というのは、無謀以外の何物でもない。だが、客足は落ちるどころか一層伸び、劇団としては初の動員1000名を突破。この反響は、劇団はもちろん、作家・冨坂友にも変化をもたらした。

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「それまでずっと葛藤があったんですよ。あんまりお話っぽいのをやってしまうと、もっとコメディとして純度が高くないといけないんじゃないかと悩んだり。お話をやるか、人を笑わせるかは二項対立なんだと決めこんでいました。でも12年版の『ナイゲン』をやったとき、お話がいいからウケるんだし、ウケるからお話も良くなるんだってことに気づけた。おかげでストーリーに対する照れがなくなりましたね」

怒濤の受賞ラッシュ。外様から一躍、小劇場エンタメの最前線へ。

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そこからアガリスクエンターテイメントの快進撃が始まった。第19回公演『時をかける稽古場』でサンモールスタジオに初進出。同作品によって冨坂は2014年度サンモールスタジオ最優秀演出賞を受賞した。一方、コメディ劇団として堂々殴りこみをかけた黄金のコメディフェスティバル2014では一歩及ばず優秀作品賞止まり。劇団員が悔し涙を飲んだ。

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「それで雪辱戦のつもりで臨んだのが、翌年のコメフェス。演劇で白黒つけるのを好きじゃない人もいると思うんですけど、僕らは外様のヒガミ根性のせいか(笑)、わりとそういうのも好きで、とにかく必死で稽古をした。念願叶ってグランプリを獲ったときは、昨年から引き続き出演してくれた斉藤コータさんが客演なのに泣いてくれました(笑)」

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さらに第20回公演『紅白旗合戦』でもサンモールスタジオ最優秀団体賞を獲得。初のツアー公演となった『ナイゲン』は「Corich舞台芸術アワード2015」で劇団史上最高の2位にランクインするなど、まさに記録づくしの1年となった。

シチュエーションコメディへの飽くなき想い。これからも自分たちの笑いを追い続ける。

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一躍人気劇団に躍り出たアガリスクエンターテイメントだが、こと演劇界においてコメディの評価は決して高くない。笑いに関しても、シュールでナンセンスなものや、日常のおかしみをさり気ないタッチで描くスタイルが、どちらかと言えば主流といった感がある。それでも、冨坂はシチュエーションコメディの旗を降ろすつもりはない。

「演劇にふれたことのない人も含めて広く一般に出したとき、最もウケるのはシチュエーションコメディだと僕は思っているんです。濃密でシンプルな会話劇ももちろん良いですが、相当観慣れている人でないと、演者との呼吸や芝居の奥行きまで感じ取れない節がある。同じ空間で、同じものを観る演劇の醍醐味が、どんな人にでもいちばん可視化されているのがワンシチュエーションでのコメディ。だから僕はこれからもシチュエーションコメディをずっと書き続けるつもりです」

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短時間で観客を笑わせられる漫才やコントと違い、シチュエーションコメディはベースとなる決まりごとを観客が共有するまでに一定の時間を要する。今や45分のバラエティ番組でさえ長すぎる時代だ。YouTubeやVineなど短い動画で即物的な笑いに馴染んできた若い世代には、相応の負荷を要求されると言えるだろう。だが、そんなトレンドにも冨坂は気後れする様子はない。

「お客さんをすぐに笑わせられる漫才やコントの鮮やかさには嫉妬もしますし、自分たちのやっていることのまどろっこしさについて疑問に思うことはもちろんあります。でも、逆に着火に時間のかかる分、優れたシチュエーションコメディは何をやっても笑わせられる無敵時間に入る瞬間がある。そこが好きなんですよ。芸人でもないただの普通の人間である僕たちが、これだけいろんなエンターテイメントがある世の中で人を笑わせるなら、シチュエーションコメディが最適な方法なんだと思います」

いつかライバルになりたい。次代の旗手が明かす壮大なる野望。

149自らの出世作となった『ナイゲン』については、15年版をもって劇団として上演することに区切りをつけた。最強の武器を手放した冨坂は、新たな代表作を生み出すべく、今も稽古に励んでいる。

「僕の目標は、これからもずっと劇団としてやっていきたいっていうことですね。演技の上手い下手ではなく、考え方の根底にあるものを共有していないとつくれないものって絶対にある。もちろんこれから外部に本を書いたり演出する機会はあるだろうけど、“何だこれ!?”ってなるような新しい発明が生まれる実験工場は、ずっと劇団なんだろうなって気がしています」

そんな冨坂には、ひそかに胸に描いている夢がある。

「三谷幸喜さん率いる東京サンシャインボーイズは現在30年間の充電期間中です。その復活の年と言われている2024年、僕らがライバルになっていられたら面白いなって。今はまだそこらへんの子犬が吠えているだけ。でもいつかは誰もが認めるライバルになりたい。そうしたら、そのときは大手を振って喧嘩を仕掛けにいきたいですね(笑)」

青春の地・国府台高校への愛と執着。そして笑いの原点・三谷幸喜への憧れと尊敬。このふたつを原動力に、小劇場カルチャーの裏道をハングリーに駆けぬけてきた。だが、今や彼らの立つ場所はもう裏道ではない。メインストリートへと飛び出たシチュエーションコメディの次代の旗手は、これからも一心に理想の笑いを求め続ける。

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取材・文・撮影:横川良明   画像提供:冨坂友

My ゲキオシ!

ヨーロッパ企画

まずは単純に見てて楽しい。これがいちばん大きいですよね。あとは、いわゆる体育会系じゃない、劇団っぽくない雰囲気が好きです。演劇以外にもいろんなことをされていて、楽しそうだなあと思いながら見ています(笑)。

イキウメ

みんなが面白いと言うようなメジャーどころばかり挙げちゃってすみません(苦笑)。イキウメを見ていると、お話が面白くて、役者の演技が上手いと、ただただ面白いんだなあという当たり前のことを再確認させられます。

劇団壱劇屋

大阪発の劇団で、まだ『SQUARE AREA』1作しか観たことがないんですけど、劇団の中で培ったメソッドというものを感じられて面白いな、と。作家が、とか、役者が、ではなく、劇団としてガムシャラにやっている感じが好きです。

プロフィール

冨坂 友(とみさか・ゆう)

1985年5月13日生まれ。喜劇作家。演出家。小さい頃から見ていた国府台高校文化祭のクラス演劇で演劇に出会い、高校卒業後、オリジナルのシチュエーションコメディを創作するためにアガリスクエンターテイメントを旗揚げする。ワンシチュエーションでの群像劇のコメディを得意とし、緻密な伏線回収による笑いと、俳優の魅力を最大限引き出す宛て書きに定評がある。国府台高校の精神を舞台にして伝えることと、シチュエーションコメディをアップデートすることをライフワークとして活動中。

アガリスクエンターテイメント

一つの場所で巻き起こる事件や状況で笑わせる喜劇、シチュエーションコメディを得意とする、屁理屈シチュエーションコメディ劇団。05年、主宰・冨坂友が高校の同級生を中心に結成。代表作『ナイゲン(全国版)』が全8660公演中第2位を受賞。『七人の語らい/ワイフ・ゴーズ・オン』で黄金のコメディフェスティバル2015最優秀作品賞、最優秀脚本賞、高校生審査員賞、観客賞を総なめ。『紅白旗合戦』で2015年度サンモールスタジオ選定賞にて最優秀団体賞を受賞した。