2018.02.09
国旗国歌問題ははたしてコメディになり得るのか?アガリスクエンターテイメント『卒業式、実行』試演会レポート

寸分狂わぬ笑いを生むのは、俳優たちによる変態的な職人技術。
コメディほど創作の現場が誤解されやすいものもないな、と思う。笑いは生もの。単に稽古場で決められたことを再現するだけでなく、その場の空気感だったり観客の反応だったりに都度都度アジャストさせていかなければならない。センスとフィーリングが求められる領域だし、それゆえに創作過程もノリ重視というか、ある種セッション的な感覚で進められているのかな、と思われがち。
が、アガリスクエンターテイメントに関して言えば、それは断固として「否」である。と言うか、この人たち、ちょっとガチめの職人感さえある。
稽古場に着いたのは15時ジャスト。ちょうどそのとき、いよいよ卒業生が体育館に入場してきたのに、いまだ国旗を掲揚するか国家を斉唱するか何も決められず、卒業式実行委員の面々がパニックに陥る、という場面が行われていた。
生徒のアンケートで決めた実行計画に書かれていないことは一切認めないとばかりに国旗掲揚・国歌斉唱に反対する熊谷有芳と、社会通念を盾に何とか押し通そうとする教師陣。お互いの主義思想がアキレス腱固めを掛け合って、何コレ完全に面倒臭い人間の集まり…!
ここに、特に大それた愛校心があるわけでもないのに、憧れの先輩への想いから実行委員長になったヒロイン・榎並夕起が挟まれ、入れ替わり立ち替わり登場する面倒臭いヤツらに振り回されながらアタフタする、というのが本作の基本構造だ。
逆に言うと、今のところ描かれているのはそれだけ。そんなシンプルなお話の中でいかに笑いをつくっていくかに変態的な執念を見せるのが、アガリスクエンターテイメントの狂気だ。
この変態職人集団、こだわりのクセがすごい。目線は常に、お客さんが笑えるか、の一点のみに集約されている。
たとえば、榎並が好き勝手に自己主張を繰り広げる面々を何とか制御しようと声を荒げるシーン。ひと通り役者が演じてみせると、演出の冨坂友が、こう言った。「榎並の台詞が必死すぎて、ちょっと泣きが入ってしまっているように見える」と。それの何が望ましくないのか。役者の演技に泣きが入ると、途端に何だか真面目に見なきゃいけないもののように観客の脳内モードがチェンジされる。それでは、笑いが生まれにくい。冨坂は「これはコメディである」という鉄の信念に基づき、微に入り細に入り非コメディとなる要素を徹底的に取っ払っていく。
その細かさに、「わ、この人たち、ちょっとやべえ人だ」とニヤニヤしてくる。
ちょっとした台詞の言い回しひとつにも妥協は許さない。
ある別の場面のことだ。注目したのは、とっくの昔に卒業したのに、なぜか問題に首を突っこむOB役の斉藤コータ。そして、それを何とか追い出そうとする教師役の鹿島ゆきこのふたりだ。追ってくる鹿島を巻いた斉藤は飄々と現場に戻り、榎並らにあれこれ口を出す。そこへ鹿島が遅れて帰ってきた。すると、斉藤が何食わぬ顔で鹿島に現状を説明する。そんな、ほんの一瞬のさりげないやりとりがあった。
このとき、冨坂が斉藤に出したオーダーは「事件現場に遅れて駆けつけてきた後輩刑事に説明するように」。すると、斉藤のほんの一言の台詞が途端にニュアンスが変わり、一気に笑えるポイントに。笑いは、さも面白いことを言うから生まれるんじゃない。何てことはない状況の中に、いかに小石を放り込み、波紋を広げるか。何気ないズレや間に、人は面白さを感じるのだ。
その執念深さに、「わ、この人たち、ちょっとやべえ人だ」とゾクゾクしてくる。
傍から見れば、全員で手製の粘土細工をつくっているような光景だ。伸びる方向が違えば改め、形がいびつであれば整え、こね直す。そして、その光景から普段舞台上で見ているアガリスクエンターテイメントのキャラクターが透けて見えてくるから、何だか面白い。
その中で特に気になったのが、淺越岳人だ。「Mr.アガリスクエンターテイメント」の名にふさわしい同劇団の顔ではあるが、今のところ今回の淺越は出番が少ない。この日の稽古も、淺越の出番はなし。だがこの淺越、稽古場の隅でひとりずっとニヤニヤしているのである。他の俳優たちの芝居を見てはニヤニヤ。演出の冨坂が話しているのを聞いてはニヤニヤ。これが女子校近くの沿道なら確実に通報されるレベル。それくらい、要は誰よりもこの作品を面白がっているように見えたのが、淺越なのだ。
それでいて、淺越から繰り出されるアドバイスは実に客観的でスマート。演出の冨坂のオーダーを咀嚼し、全員に伝わるようしばしば翻訳を引き受けていたのも、淺越だ。何だかその姿は『時をかける稽古場』で見せた演出家・アサコシを彷彿とさせる。日頃のブログにおけるディープでコアな文章からも感じていたが、この人、かなりロジカル。作品の指揮をとるのが主宰の冨坂なら、知の参謀として土台を支えているのは、きっと淺越なのだろう。
そのにじみ出過ぎるコメディ愛はもはや病気。「わ、この人、かなりやべえ人だ」と決して目が合わないよう、そっと僕は俯いた。
どこまでコメディを貫けるか。アガリスクエンターテイメントの再挑戦の幕が上がる。
そんな病的なまでに徹底的にコメディを標榜するヤツらが、今、全力で取り組んでいるのが『卒業式、実行』である。この日は台本の出来上がっている部分まで参加者に公開されたが、正直、まだまだ粗削り。
ただ、その中で印象的だったのが、その後の参加者との作戦会議だ。
冨坂も、淺越も、他のメンバーたちもしきりに「真面目過ぎてはいないか」を気にしていた。それもそのはず。この『卒業式、実行』には、前身として2015年に上演された『紅白旗合戦』という作品がある。サンモールスタジオの年間最優秀賞を受賞し、アガリスクエンターテイメントの名を東京小劇場界に轟かせた記念碑的作品ではあるが、冨坂自身、「あの作品は、コメディじゃなかった」と心残りにしていた。淺越も「テーマの強度や演出的な面白さはあっても、システムも雑、笑いの量も質も水準に達しているかどうかという点で疑問が残る」と自らのブログでぶった切っている。
コメディ劇団の大看板を引っさげるアガリスクエンターテイメントにとっては、どれだけ作品が評価されようとも、それがコメディでなければ、敗北なのだ。なんてわかりやすい。そして、何て不毛で不器用な人たち…!
この『卒業式、実行』は、そういう意味では、彼らにとってリベンジマッチ。そして、それは裏を返すと、今の自分たちならこの題材もコメディとして完結できるという手応えを得たからの再挑戦なのだ。
参加者にアンケートをとったところ、「普段のアガリスクエンターテイメント作品より真面目過ぎる」という声が多数を占めた。観客の声のみを抽出すれば、まだリベンジ不成立というのが現状だ。
だが、個人的には、劇団としての進化を感じるポイントが2つあった。
ひとつは、着火の早さだ。基本的に、アガリスクエンターテイメントのコメディの様式は、ある程度の前提や条件の説明が必要なため、面白くなるのがやや遅い。だが、今回はトップシーンからきちんと面白い。忌々しいくらいに頑固一徹な熊谷と、校長役の藤田慶輔が、まるで譲歩の余地を見せず、四角四面に口論するそのさまが、最初からきちんと笑えるものになっているので、立ち上がりが実に早い。序盤からトップスピードに乗れているのは、これまでの作品とは一線を画すポイントだと思う。
もうひとつは、客演の中田顕史郎の投入だ。それこそクセがすごい役どころを、中田が持ち前の品と風格を一切損ねることなく淡々と演じ、他のキャラクターとはまったく毛色の異なる笑いをつくり出していた。曲者揃いではあるが、ある種、登場人物の方向性は似通っている中で、中田だけ独特の世界にいる。これは、中盤のいいアクセントになっていると思うし、劇団だけでは生まれない風を起こしたという意味で、中田顕史郎は客演として立派な仕事を成し遂げている。
ここから、初日まで10日を切った。はたしてアガリスクエンターテイメントは「卒業式での国旗・国歌問題」という、わざわざそれをコメディにしなくてもという厄介な題材を、今度こそ徹頭徹尾コメディとして完成させられるのか。その答えは、客席にいる観客だけが知っている。

[STORY]
3月8日朝、卒業式実行委員長・榎並夕起は頭を抱えていた。
自主自律を重んじ、卒業式の企画・運営も生徒が主体となって行ってきた国府台高校に、突如降ってきた「卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱問題」。
職務命令のために実施しなければならない教員側と、自治のために反対する生徒側。政治思想も巻き込んで、校内世論は真っ二つ。解決のための協議も決裂。
どちらのプログラムで式を執り行うのか、決まらないまま式当日を迎えてしまったのだ。
校門前には街宣車。火花を散らす生徒と教師。介入してくる保護者にOB。
果たして卒業式実行委員は無事に式を遂行することができるのか!?
委員長は憧れの先輩の卒業式を成功させることができるのか!?
ーーーそして、開式の時間がやってきた。
生徒の自治を第一とする国府台高校。卒業式も生徒による企画・運営で進められる同校に、その伝統と信念を根底から覆す事件が発生した。教育委員会から、卒業式で国旗掲揚ならびに国歌斉唱をするように、と要請が来たのだ。はたして生徒たちは大人の思惑に従うのか。それとも自分たちの企画した卒業式を守り抜くのか。一向に決着を見ない議論。体育館前に押し寄せる卒業生と保護者たち。国府台高校の長い長い卒業式が今、始まったーー
アガリスクエンターテイメントの最新作『卒業式、実行』は、卒業式を舞台に、生徒の誇りと教師の職業的使命感が火花散るバックステージコメディだ。開幕を控えた2月6日、本番でのブラッシュアップを目的に試演会を実施。ここでは、公開稽古を含めた試演会の模様をレポート。ますます進化し続けるアガリスクエンターテイメントの現在地をお伝えしたい。