2017.04.26

「間口を広げるためには、作品の前に、まずは面白い企画を立てることが重要」壱劇屋・大熊隆太郎×匿名劇壇・福谷圭祐トップ対談(前)

「間口を広げるためには、作品の前に、まずは面白い企画を立てることが重要」壱劇屋・大熊隆太郎×匿名劇壇・福谷圭祐トップ対談(前)

劇団そとばこまち、劇団☆新感線、惑星ピスタチオ、劇団M.O.P…。かつて関西小劇場には、数多の才能がきら星のごとく現れ、観客を沸かせた時代があった。あれから幾星霜。「元気がない」としばしネガティブに語られることも多い関西小劇場界を、今、ふたりの才能が牽引している。それが、劇団壱劇屋主宰の大熊隆太郎と、匿名劇壇主宰の福谷圭祐だ。

革新的な身体パフォーマンスと観客を味方につけるエンターテイメントシップで関西小劇場界にエポックメーキングを起こし、人気を確立。代表作『SQUARE AREA』が「CoRich舞台芸術アワード!2016」で堂々グランプリに輝き、その名を東京・名古屋にも轟かせた壱劇屋。

卓越した会話センスを武器に、複雑に入り組んだ若者の内面をシニカルかつピュアな目線でポップに描写。『悪い癖』で第23回OMS戯曲賞大賞を受賞し、若手実力派の筆頭株に躍り出た匿名劇壇。

作風こそ対照的だが、大阪を拠点にしながら、東京を視野に入れた活動を展開する両劇団のトップが誌上対談。お互いについて、劇団について、そして演劇についてを忌憚なく語り尽くす。

匿名劇壇が出てきたときは、やっと話がわかるやつが現れたと思った。

大熊さんが1986年生まれの現在30歳。福谷さんが90年生まれの26歳。4つ違いで、劇団活動としても壱劇屋の方が少し先輩になります。おふたりが最初に出会ったときのことって覚えてますか?

いつやろ。匿名劇壇っていう面白い劇団が出てきたのは前々からずっと聞いていて。イベントで一緒になったこともあるけど、しっかりお互い認識するようになったという意味では、スペドラ(※)かな?

そうですね。そこが大きいですね。

スペドラの12年の優秀劇団がうちで。優秀劇団に選ばれたところは、翌年のスペドラに協働プロデュース公演として参加できるんですよ。そのときに匿名劇壇が参加してて。

で、僕たちがその年の優秀劇団に選ばれるんですけど。そこが共通点と言えば共通点ですね。

※スペドラ とは?
大阪の中心的小劇場のひとつ・シアトリカル應典院が主催する舞台芸術祭・應典院舞台芸術祭 spece×dramaの略称。1997年にスタートし、2003年より若手劇団のための登竜門的演劇祭へと移行。優秀劇団に選出された団体は次年度に劇場と協働プロデュースの公演を行うことができる。2012年には壱劇屋が、2013年には匿名劇壇が優秀劇団に選ばれた。

あと、実は僕と福谷くんはもうひとつ共通点があって。実は誕生日が同じっていう。

そうですね。こじつけると、それがありますね(笑)。

僕は残念ながらそれほど関西の小劇場界に詳しいわけではないのですが、それでも壱劇屋と匿名劇壇の名前は非常に力のある団体としてよく耳にします。お互い意識しているところはありますか?

そらありますよ。

僕の場合は結構めまぐるしく変わっていくんですよ。今は少し、自分たちのめざす方向とは違うのかもしれないと考えているんですが、ちょっと前までは僕らの行くべき道を行ってる先輩というか、壱劇屋が切り開いた道を追いかけていったら上手くいくかもしれへんぞっていう見本でした。わかりやすいステップアップの仕方をしてるんですよね。劇場の規模を大きくしたり、地方に旅公演したり、知らん間にどんどん拡大していってる。

知らん間にって何やねん(笑)。

実際、壱劇屋は関西小劇場の中で今最も勢いのある団体と言っても、それほど異論は出ないと思います。大熊さんは関西のトップを走っている自負は感じていますか?

トップを走ってるかどうかはわからないですけど、ちょうど自分と同世代の劇団が周りに全然いないんですよ。少し先輩で言えば悪い芝居がありますけど、あそこは京都が拠点やし、やっぱり京都と大阪って近いようでどこか遠くて。昔はそれこそ同世代の劇団はいろいろあったんですけど、どこもいつの間にか自然消滅してもうて。

前にそんなこと言うてましたね、「同い年の周りのやつらが死んでったから」って。

ほんま死んでったんですよね(笑)。それこそ若いときはプロレスみたいな感じで、同世代の劇団に対して「解散しろ!」とか「おもろい劇団が出てきたみたいやから、早よ芽を潰せ!」みたいなこと言うてたんですけど。そしたら、ほんまにいなくなった(笑)。結果、その過激な発言だけが曲解されたまま他の地域に広まって、九州とかでは「壱劇屋の大熊はクソらしい」という誤解だけが伝わってたと風の噂で聞きました(笑)。

だから、匿名劇壇が出てきたときは嬉しかったんですよ。やっと話がわかるやつが現れたというか。下からグングン突き上げてくる感じが刺激的やった。福谷くんの年の頃なんて、僕らはもっと小さいところで細々とやってたんで。もしかしたら僕らの方が当初ライバル視というか、出てきたなこの野郎みたいな感じには思ってましたね。

僕も大熊さんも反体制側の人間やと思う。

話がわかるやつという言葉が出てきましたが、お互い何か似ているものを感じるところがあるんですか?

僕が似ているなと思うのは、お互い上昇志向が強いところ。

そこは確かにそうですね(笑)。

あとはお互い勝手にやってやろうというスタンスは近いかもしれない。壱劇屋はどこかの大学を母体に生まれた劇団ではないので、今でこそ知り合いは増えましたけど、最初のうちは「どこから出てきたんや、こいつらは」っていうような目で見られてて。その中を「よそはよそ、うちはうち」っていう感じでやってきたところは、ちょっと通じるところもあるのかも。

たぶん僕も大熊さんも反体制側の人間なんですよね。

心の中ではそうやね。ただ表向きはわりと迎合するけど。

そこがね、僕は下手くそなんで。

基本、僕は人好き。若い頃から意図せず先輩に可愛がってもらってたところはあるので、それで得はしたと思う。でも福谷くんも結構可愛がられている感はあるけどね。

福谷さんのようなちょっと挑発的で、ひねてくれている感じの若い子を歓迎する大人は演劇界には多い気がします。

そうですね。結構可愛がってもらってると思います。でももう27なんで、いつまでもナメ腐った態度で可愛がってもらえる年じゃないなという感じもありますけど(笑)。

パブリックなイメージで言えば、大熊さんが陽、福谷さんが陰という印象はあります。

いや、本来は大熊さんも陰やと思うんですけどね。

誰が陰や(笑)。

そうでしょ。陰か陽で言ったら陰のシンパシーを僕は感じていますが(笑)。

サービス精神はあるんですよ。でも、あんまり付き合いは良くないですね。日頃から全然家から出ない。遊びに行くという概念が自分の中でないです。だから旅行とか絶対行きたくない。ちょうど壱劇屋が来年10周年なんで、いろんな企画をしようって話が出てて、その中に旅行に行くって案があるんですけど、「アホか、誰がそんなもん行くか!」って言うてます(笑)。

そこでキャイキャイはできないんですね。

絶対嫌(笑)。ツアーも行くんやし、それでええやんってなる。そういう意味では陰かもしれない。

ちなみに福谷さんは劇団員と旅行は?

行ったことはないですが、僕は行くタイプの人間ですよ。

え、何で行くねん!(笑)

行って、見せたことのない笑顔を見せると思います。

まじか。そこは相容れんわ…(笑)。

お互いの羨ましいところってあります?

劇団まるごとが人に好かれるところですね。たとえばこの間、『人恋歌~晶子と鉄幹』(2017年)を観に行ったんですよ。

噓やん。知らんかった。

挨拶とかしないんですね?

しないです。僕はいつだって颯爽と帰ります(笑)。で、そのとき、新劇団員の発表があったんですよ。そしたらショッキングなことに、お客さんから黄色い歓声があがって。いわゆる小劇場でお客さんから黄色い歓声があがるような好かれ方をされているところは本当に羨ましいなって思いましたね。

そこは俳優としての力もあるんやけど、うちの場合は、やっぱり舞台を下りたところでの企業努力が大きくて。それこそ客出しのときの挨拶だったり、Twitterとか動画とかネット上でのコミュニケーションだったり、そういうところで贔屓になってくださるお客さんがいるというのはね、本当にありがたいことやなと思っています。

大熊さんは、福谷くんを見て羨ましいと感じるところはありますか?

好きにやっているところですね。あとはホン(脚本)が書けるのは羨ましいです。そこは、僕にとってだいぶコンプレックス。正直、今、僕はホンに関しては納得いく作品が書けないという自覚もあって。だから、やっぱりホンの才能についてはめちゃくちゃ羨ましいです。福谷くん自身はあんまり評価してないみたいやけど、『ポリアモリー・ラブ・アンド・コメディ』(2014年)を観たときにめっちゃ面白いなって純粋に思いましたもん。

素材をどうデコるかという能力は鍛えられてきた気がする。

ホンの話が出ましたが、演出家としてはお互い自分をどう見ていますか?

本来の意味での演出は、ものすごく下手クソだと思います。僕にとって劇団で表現をするということは、縛りプレイみたいなところがあって。うちは客演を呼ばないので、劇団は劇団員だけでどんなお芝居がつくれるかっていうのを試す場所なんです。ただ、そうは言いながらも、実際には僕は劇団員とでしか上手に戦えたことがなくて。なぜかと言うと、誰かを演出したり劇を読み解いたりする作業が下手クソやから。だから、僕の理想をいちばん理解してくれている劇団員としか、納得のいく作品がつくれたことがないです。つくれたことがない、というと依頼してくれた方にもお客さんにも失礼やけど…。

まだそんなに外でやってない?

そうですね。数えるくらいしか。

じゃあまだ量られへんとは思うけどね。

何本か外部で演出をさせてもらったんですけど、どれも自分の中では納得がいかなくて。ひとり芝居とかもつくってますけど、やっぱり自分に何ができたのかがはっきりとわからない。自分は何もできていないんじゃないかって思いが拭えません。

僕もまだそこまで外部で演出した経験はないけど、うちの場合は客演さんも呼ぶので、並べられた素材の美味しさをどう引き出すかについては必然的に上手くなったかもしれない。それこそ、去年、福谷くん脚本で『梓巫女C子の無謀な賭け』という公演の演出をやったんですけど。そのときの俳優はオーディションが中心。中には演技経験のない子もいたんで、この素材をどうデコッて面白くしていくかは相当鍛えられた気がします。

一緒にお仕事をされていたんですね。そのとき、演出家の立場から改めて福谷脚本を見たときはどうだったんですか?

いや、あんまり大きな声では言えないですけど、そのときの福谷くんのホンが福谷くん比ではあまり良くなくて…(笑)。悪いとかではないんですけど、忙しかったんやろうなっていうのがホンからにじみ出ていました(笑)。

もうそれは申し訳ないというか、弁解の余地もないです(汗)。ただ、そんな僕が言うのもなんですけど、上演された作品はわりといけてると思いましたよ。「あとは任せた!」と思いながら出した本だったので、だいぶありがとうでした。

それやったら良かった(笑)。僕も他の人の書き下ろし作品を演出するのは、その公演が初めてやったんですけど。もともとホンの隙を見つけるのが好きなんで、仕事的には苦労しましたけど、作業的にはめちゃくちゃ楽しかったです。僕自身はこれからもっと演出家としての力をつけたいという気持ちはありますね。

僕はやっていきたいのは、作ですね。書くのはしんどいんですけど、自分自身の可能性を感じるのはどっちと聞かれたら、やっぱり作だと思います。

劇団で食っていこうという意識は放棄することに決めた。

主宰としてお互いの劇団運営のスタンスについてお話しいただければ。

うちはもともと同級生で始めた団体ということもあって、いわゆるトップダウン的な方法ではなくて。何かを決めるにも、3人くらいのコアメンバーによる合議制が中心ですね。昔はそれこそ僕が書きたいものを出発点にしていた時期もあるんですけど、さっき話した通り、書くのに向いてないことに気づきはじめたタイミングがあって。以降、まずは面白い企画ありきで、そこから作品をつくるようになりました。そういう意味では、純粋なアーティスト集団ではなくなりつつあるのかもしれない。

たぶん『MASHUP PROJECT』(2015年)くらいからですよね。

そうかも。そういう意味では匿名劇壇は作品先行でいってるなって感じがするね。

最初に壱劇屋への意識はめまぐるしく変化しているって言ったのはまさにそれで、どんどん壱劇屋が進んでいるルートと自分たちが目指したいルートの乖離を感じはじめたんですよね。壱劇屋は今、地方でもどんどん公演をして、ゆくゆくは本拠地である大阪に全国のお客さんが観に来てほしいって標榜してはると思うんですけど。対する僕たちは、劇団というものに対するこだわりがめちゃくちゃ薄い。

薄いんや。

薄いですね。この劇団でやっていくぞっていう意識はあんまりない。この劇団だけの表現でいいとは絶対思わないし、もっといろんなことがしたいし、浮気もしたい。劇団は、一応張ってあるテントくらいの感覚なのかもしれないですね。だから劇団でやることの意義みたいなものをどう解決するかは劇団員が各々各自で考えてって言うてます。

言うてるんや?

言うてますね。それこそ大学卒業当時くらいの頃、劇団員には「早く辞めるべき」だと言ってました。演劇を続けるなら続けるで、早よ東京行って何らかのオーディション受けるなりちゃんとはっきりした道を見つけた方がいいって。いつまでもここでやっとったらあかんぞって本音で言うてました。そしたらみんな「匿名で芝居がしたい」って言うから、僕としてはしめしめっていう感じで、ずっと続けているわけです。今は、辞められると困るという気持ちの方が強いですけど、それは単なる自分のわがままであるという考え方に変わりはないです。

そこは壱劇屋とまったく違うところで。僕らも目指すところは日々変わったりはするんですけど、やっぱり根底としては劇団として大きくなりたい気持ちがあって。今、目指すところは宝塚(歌劇団)みたいな組織なんですよね。ホームとなる劇場があって、劇団の中に何組かあってっていう。今、すでに劇団内に竹村(晋太朗)ってもうひとり作・演出をやる人間ができて、そういうトップに立てる人間をあともうひとりくらい育てたいなって考えているところ。

難しいのはわかってるけど、やっぱり劇団で食っていきたいという希望はあって。そのためには、間口を広げることが必要で。幸い僕らはその努力が苦じゃないというか、むしろ多くの人に観てもらう工夫を考えるのが好きな人間が集まっているので、今は作品先行というより、企画優先に舵を切ってる感じですね。

あんまりこういうこと言わん方がいいと思いながら言うてまうんですけど、僕は最悪別に劇団はいいんですよ、表現のひとつだと思っているんで。

そういう意味では、ふたりにとって劇団員とは?

僕はファミリーです。変な話、一時客演で出てくれた人ですら、ファミリー感を抱いてしまうくらい、すごく愛着があって。辞める劇団員にもめちゃくちゃ後ろ髪ひかれるし、いつの日か帰ってきてくれよって思うし、辞めてもファミリーでいてねって思う。新しい劇団員が入ってくると、もう息子とか娘みたいな気分になってしまうんですよ。

僕は手札ですね。

仕事仲間じゃないんや?

本当のことを言うと、きちんと対価を支払えていないという意味で仕事ではないじゃないですか、やっていることが。だから自分が何かを表現するときに、これでやるよって準備されたものという感じです。

ツールってこと?

僕にとってだけではなく、俳優にとっても僕はツールでありたい。結局そうだと思うんですよね。これは劇団で話したんですけど、この組織の活動でゴハンを食べていこうっていう考えはもうナシって決めたんですよ。そのための努力は一切放棄。食うことに関しては各々が役者を目指すなり何なり勝手にやってくれたらいい。

ただ、匿名劇壇は匿名劇壇として変わらず公演を打つ。そのときに、その作品がいいものである限り、出てくれたらいいなと思っている。たとえテレビに出ている売れっ子の俳優であっても、日雇いで働いてるフリーターであっても。愛とかはよくわかりませんが、互いに利用価値のある存在でいたいとは思います。


面白いほどに好対照なふたりの主宰としてのスタンス。後編ではお互いの劇団活動、クリエイターとしての展望を深掘りしつ、中心地に立つ者から見た関西小劇場界の現状についてお話しいただきます。記事の公開をお楽しみに。

また、この5月、壱劇屋、匿名劇壇の両雄がツアー公演を展開します。公演の詳細は、以下のページよりご覧ください。大阪を代表する二大劇団の自信作、どうぞお見逃しなく。

壱劇屋『新しい生活の提案』

[STORY]
男は一枚のチラシを拾った。
サラリーマンの絵が描かれたチラシだ。
目が赤く髪はボサボサ。
無数のカードを差し出されている。

「会社と家を往復する毎日。
 掃除して洗濯して日が暮れる。
 義務だから向かう学校。
 このような生活からの変更を申し込まれる場合は、生活課へご相談ください。」

男はこの奇妙なチラシに導かれ市役所に。
たらい回しをこれでもかと受け、
男は役所の奥深くへ。
そこには無数のカードを差し出してくる職員たちが。
いつの間にか男の目は赤く、髪はボサボサになっていた。

匿名劇壇『レモンキャンディ』

[STORY]
ここは落下する飛行船。

上空1000000000kmで、ついに故障した飛行船。

地面に到着するまでが、あと七日間の飛行船。

四人の女と四人の男。

何をして過ごそうか。

プロフィール

大熊 隆太郎(おおくま・りゅうたろう)

1986年7月28日生まれ。大阪府出身。劇団壱劇屋主宰。演出家、振付家、俳優。NBA好き演劇人。主宰として『SQUARE AREA』『回想電車999』など多くの本公演の作・演出を手がける一方、いいむろなおき氏、小野寺修二氏からマイムのスキルを学び、海外公演にも多数参加。京都でロングラン上演中であるノンバーバルパフォーマンス『ギア-GEAR-』にもレギュラー出演している。CoRich舞台芸術まつり!2016 演技賞。

壱劇屋(いちげきや)

枚方を拠点に活動する劇団。高校演劇全国大会出場メンバーで2008年に活動開始。「世にも奇妙なエンターテイメント」と称し、マイムを利用した演出と日常に不条理を加えていく物語で、観客を不思議な世界へ導く。マニアックかつ大衆的なスタイルで多くの観客から支持を獲得している。また類を見ないほどのサービス精神を持ち、劇場の外でも活発に活動している。應典院舞台芸術祭 space×drama2012 優秀劇団、第26回 池袋演劇祭 豊島区観光協会賞、グリーンフェスタ2015 BASE THEATE賞、CoRich舞台芸術まつり!2016春 最多クチコミ賞、CoRich舞台芸術アワード!2016第一位。

福谷 圭祐(ふくたに・けいすけ)

1990年7月28日生まれ。大阪府出身。2009年4月に近畿大学文芸学部芸術学科に入学。舞台芸術を専攻し、演劇を学び始める。2011年、匿名劇壇を結成。以後、匿名劇壇の全ての作品の作・演出を担当する。自劇団以外での活動も行っており、劇団Patch『森ノ宮演出家殺人事件』(作・演出)や、futurismo『珈琲が冷めるまでの戦争』(作・演出)などがある。また、俳優としての評価も高く、iaku『エダニク』、突撃金魚『僕のヘビ母さん』など出演作多数。

匿名劇壇(とくめいげきだん)

2011年5月、近畿大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻の学生らで結成。学内にて「HYBRID ITEM」を上演。 卒業後も継続的に大阪で活動。現在の劇団員は10名。 作風はコメディでもコントでもなく、ジョーク。自分たちの身近にある出来事を、自分たちをモデルにしたキャラクターを登場させながら、自己言及的な台詞を吐かせつつ、客観的でスマートなエンターテイメント作品に仕立て上げる。 ポストドラマ的な表現方法を取りながらも、非常に分かりやすい作品になっていることが特徴。疾走感のある演出で、共感のしやすい物語を、メタフィクション的な多重構造で描く。同世代から強い支持を受けている。と思っている。