2017.03.16

【演劇ライナーノーツ】演劇は、カラオケボックスと同じだと思う。【20歳の国 竜史】

【演劇ライナーノーツ】演劇は、カラオケボックスと同じだと思う。【20歳の国 竜史】

作品を観て感じたこと、聞いてみたいと思ったことを、ネタバレも気にせず自由に話をする。普段のライター業では、創作前の段階しか立ち入ることがほぼない僕にとって、それはとても新鮮な時間でした。
前回に引き続き、お付き合いいただいたのは、20歳の国 国王の竜史さん。2017年1月19日(木)~29日(日)まですみだパークスタジオ倉にて上演された『花園RED』『花園BLUE』について、より深く深く迫っていきます。

『花園RED』『花園BLUE』

年に一度のラグビーマッチ「闘球祭」を控えたとある高校生の3日間を切り取った青春群像劇。物語上、中核となる主役は存在せず、ラグビー部やバスケ部、演劇部、不良たちなど様々な視点からヒリヒリと焼けつくような心の揺れ動きが描かれる。

2013年1月、新春公演『花園』として王子小劇場にて初演。その年の王子小劇場佐藤佐吉賞・最優秀作品賞を受賞する。2015年、初演版『花園』を大幅改編した『花園Z 童貞ver.』、さらに不良グループを中心に描いた新作『花園Z 不良ver.』を2本同時上演。今回は『花園Z 童貞ver.』を『花園RED』、『花園Z 不良ver.』を『花園BLUE』と銘打ち、3度目の『花園』上演となった。

 

『花園RED』『花園BLUE』には、どちらも象徴的な材料として、「ハカ」が登場する。ハカとは、ニュージーランドのマオリ族の民族舞踊。ラグビーの世界においても、世界最強のラグビーチームのひとつである、ニュージーランド代表のオールブラックスが試合前に対戦相手に敬意を示す意をこめて踊ることで広く知られている。

『花園RED』では冒頭とクライマックスに、『花園BLUE』でもある人物の心境変化の契機として、このハカが強烈な印象を残した。

 

最初にきちんと「ダサいことをやるよ」って提示がしたい。

ハカを劇中に使おうと思ったのは、どういう経緯から?

あれは…申し訳ないですけど、ディスりの意味合いが強いですね(笑)。

と言うと?

僕の母校(茨城県茗溪学園)がラグビー部の強い学校で。学内行事のたびにラグビー部の有志がハカをやるのがお決まりだったんですよ。またそのラグビー部が強豪だからカッコいいやつらが多くて、しかも上裸でやるから女の子も恥ずかしがりながらキャーキャー騒ぐし。それに腹が立ったというか、恥ずかしいことしてるなって当時の僕は思っていたわけです。まあ、ぶっちゃけ羨ましくもありましたけど(笑)。

そんな怒りの対象をなぜ入れようと?

そのダサさがいいなって思ったんです。ハカをやることで、「今からダサいことをやりますよ」という提示ができる。

僕は、日常から演劇という非日常へフェードインする導入の部分がとても大事だと考えていて。お客さんが今から何が始まるんだろうと待ち構えているところに、『花園RED』では最初にいきなりハカをやって、その後に大音量の中、暑苦しくラグビーをやって、さらにはダンスまでする。これはいかにもダサいことが始まるな感があるじゃないですか。そうやってお客さんを誘導できるのがいいなと思って、ハカを取り入れました。このコンボは実に20歳の国らしい流れだと思っています。

その「ダサさ」にこだわる姿勢は何があって?

それはやっぱり「演劇はダサい」と僕が思っているからだと思います。こう言うと、誤解を招くことも多いのですが(笑)。

竜史さんが「ダサい」とおっしゃるところの真意をもうちょっと聞かせてもらえると。

僕は演劇をカラオケと一緒だと思っていて。

カラオケってよくよく考えると恥ずかしい行為ですよね。誰も全然歌が上手いわけじゃないのに、自分の番になったらみんなの前で歌って。しかもちょっとカッコつけたり、何ならこっそり事前に練習してきたりする。聴いている方も、そんな特に上手くもない人の歌を聴いて、イエーイって盛り上がったりする。あれは、よく考えると、めちゃくちゃ恥ずかしい行為だと思うんです。

言われてみると確かに。

でも、それでも楽しいですよね、カラオケって。それはなぜかというと、あれがカラオケボックスという限定的な空間で起こっていることだからだと僕は思います。極論ですけど、あれをいきなり会社でやったら、速攻アウトです(笑)。でも、カラオケボックスの中なら成り立つ。

演劇も同じです。演劇はダサいけど、そのダサさも劇場という空間でなら容認されるんです。

そもそも『花園』以外でも20歳の国の作品ではカラオケボックスが登場しますが、これはなぜなんでしょう?

やっぱり切っても切れない関係なんですよね、僕の中で演劇とカラオケは。

僕自身は決して高校時代にカラオケによく行っていたタイプじゃありません。むしろ歌も下手だし、カッコつけようとするのが恥ずかしくて、特に女子と行くカラオケは苦手でした。これって僕だけというわけではなくて、基本的にはどんなに歌の上手い人であっても1ミリくらいは羞恥心を持ってやっていると思うんです。

そこに、演劇との近似性を感じると。

本来恥ずかしいはずなのに、役者たちが恥ずかしくないと本気で思いこんでやっている演劇があるとして、それをお客さんが「これ恥ずかしいなぁ…」と思いながら観ていたら、そこにはもう両者の間で決定的なズレがあって。つまり、そのお芝居はお客さんの期待に応えられていないと思うんですね。

そうじゃなくて、僕たちは「俺ら今からダサいことやるけど面白いんで観てください」というのが基本のスタンス。すると、お客さんも「ダサいのはわかったから、じゃあとりあえず観てみるわ」ってダサさに前のめりになってくれる。そういう共通言語をお客さんとの間に持ちたいと思って、その最もわかりやすい手段としてカラオケを使っているんです。

若い俳優がラグビーシーンを支えてくれた。

ラグビーシーンも見ものでした。演劇でスポーツを表現する際、どれくらいリアリティを守り抜くか、どれくらい演劇的な嘘の部分を許容するか、というバランスはあると思うのですが、ラグビーシーンを表現する上で、こだわった部分はありますか?

何と言っても、ラグビーシーンの最大のこだわりは、実際の試合のルールに則っていること、そしてマイムアクトを一切取り入れていないことです。

じゃあ、あの場面はかなりリアルの試合に近いわけですね。それこそマイムアクトを入れたり、演出方法としてはいろんなパターンが考えられたと思うのですが、敢えてそういう劇的な手法に頼らなかったのはなぜでしょう?

花園プロジェクトの至上命題は、劇場でしか体感しえない熱狂を作り出すこと。なので、スポーツニュースのハイライトで見るようなスポーツの美しい部分だけではなく、泥臭い人間と人間のぶつかり合いを体感してもらえるように、俳優さんたちにも本気でぶつかり合ってもらいました。

REDとBLUEの二演目でラグビーシーンの質、プレイスタイルを全然違うものにしたのも、こだわりの一つです。REDは疾走感のあるラグビーにしたかったので、ダッシュとパスをふんだんに取り入れ、逆にBLUEは喧嘩さながらのラフなラグビーにしたかったので、タックルやラックをメインに試合を組み立てました。

絵作りとして今回一番こだわったのは、絶対伝わらないと思うんですけど、スクラムの低さ、ですかね(笑)。スクラムに限らず、僕がラグビーシーンの演出をつけるにあたって、高校生の試合だけではなく、ワールドカップなどの世界水準の試合を参考にしていたのもあって、かなりハードなものを求めていたと思います。

そうすると、俳優のみなさんの練習も相当大変だったと思いますが。

熾烈を極めましたね。

最初はぶつかり合いのないパス練習と、コンタクトのないゲーム形式の練習を取り入れることで、ラグビーの楽しさを肌で知ってもらうところからスタートしたのですが、もうその時点でみんな足が攣ってしまって(笑)。さらにその後、タックル練習などのいわゆるコンタクトプレイの練習を導入して…。俳優のみなさんの身体的負荷はかなりのものだったと思います。

試合のシーンの演出をつける上で印象的だったのが、僕が動きをつけた後で、ゆっくりその段取りを確認して、その後に実際のスピードでやってみるんですけど、「これはこのスピードじゃできないよ!」という俳優陣の悲鳴が多発して。でも僕が、「不可能を可能にする姿をお客さんは観たいんじゃないのか!?」という無茶苦茶なことを言い出して、俳優さんが「そう言われたらやるしかないじゃねぇか!」という顔をするんです。あの光景は忘れられないですね…(笑)。

そうやって実際に体をぶつけ合って俳優たちが同じ汗を流すことで得られる創作上の効果って何かありましたか?

座組全体にも言えることですが、特に若い俳優に効果があったと思います。

今までずっと『花園』シリーズには、僕と同世代かそれよりも年上の俳優さんに出演していただいていたんですけど、僕も30代に近づいてきて、今回初めて年下の俳優を多くキャスティングしたんです。

彼らのいいところは、何と言ってもまだ若いから体がよく動くこと。経験が少ない分、演技面で苦戦したメンバーもいますけど、その分、ラグビーの場面では非常にエネルギッシュな働きをしてくれました。すると、若い俳優たちの間にも、演技はまだまだでもラグビーで貢献できているという意識が生まれてきて、自然と稽古場で頼もしくなっていくんですね。

こういう現場への貢献実感は、特に年上が多い座組にいる若い俳優にとってとても大事なことです。一緒にスポーツをやっている分、他の座組と比べても先輩にフランクに話しかけやすくなりますし、相乗効果として、先輩から若手にアドバイスする場面も増えていきました。彼らの成長は、想像以上のものだったと思います。

じゃあ、あのラグビーシーンは若手の俳優が中心となってつくられていたんですね。

これは本当に今だから言える話ですけど、あのラグビーシーンってみんなかなり上手に見えますよね。もちろん、ラグビーの練習をたくさんして、未経験者も本当に頑張ってくれましたけど、でも実際に最前線で体を張ってくれているのは実質全体の半分くらいなんです。その中に、僕やラグビー経験者に加えて、動ける若手のメンバーが入ってくれた感じですね。

もちろん演出としては全員をすごいと思わせるようにつくらなきゃいけないし、つくっている自信もありますけど、本当はその中に特に頑張っている何人かがいるんだよということは声を大にして言いたいです(笑)。アンサンブル的な立ち位置なので傍目にはあまり目立たないですけど、よく見ると舞台上を縦横無尽に動いている若い俳優が何人かいる。

目立つ目立たない関係なく、最後まで元気にブルーワークしてくれた若手の俳優たちは、本当にガッツがあったので、他の劇団の関係者の皆様にもオススメだよって、この場をお借りしてぜひおすすめしたいです。

演劇はダサい。わりと多くのインタビューの場で、竜史はこともなげにそう発信している。この言葉に反発する人はもちろんいるだろうけれど、僕は少なからずその趣旨に同意する。そして、野暮を承知で付け加えるなら、ダサいことは悪いことではない、とも。

青春もきっとそう。大抵の青春は、ダサい。僕たちは漫画みたいに校舎の屋上で孤高の美少女と出会わないし、全国優勝を目指したほぼすべてのプレイヤーがルーザーで終わる。世に氾濫している青春は、原則的には幻想だ。

でも、そんなダサい現実を、やはり悪いとは思わない。いとおしいと言ったら綺麗すぎるけど、まあそういうのも含めて自分だろう、と受け止めるくらいには。そう、あんまり認めたくはないけど、そもそもダサいのだ、僕たち自身も。

ダサい僕らが、ダサい演劇で、ダサい青春を観る。だから、20歳の国は、何だかとっても胸を打つのだろう。

取材・文・撮影:撮影:横川良明   画像提供:20歳の国

プロフィール

20歳の国(はたちのくに)

2012年、「モテたい、売れたい、ちやほやされたい」という大義の下、建国。「国王」竜史が全公演のプロデュース・作・演出を手がけ、2016年劇団化。誰もが避けて通る「王道」を敢えて進み、誰もが通ってきた「青春」を物語の中心に据えながら、人間の普遍性と人生のかけがえのなさを、時にダイナミックに、時に繊細に、描いている。2014年、MITAKA“Next”Selection 15th選出。『死ぬまでに一度でいいから、ロマンス・オン・ザ・ビーチ』を上演。

竜史(りゅうし)

1988年3月21日生まれ。 茨城県出身。O型。早稲田大学第二文学部卒。 20歳の国のすべてを司る「国王」であり、全作品の作・演出を担当。ほぼすべての公演に俳優としても出演。いまだに「売れたい、モテたい、ちやほやされたい」という青臭い夢を、全く捨てきれない。どころか、その気持ちは年々増幅の一途を辿っている。 チョコレートを好む。 2013年佐藤佐吉演劇賞・優秀脚本賞・優秀演出賞受賞。